ここは天国です。
実は天国にもお店はあります。
天国では、食べなくても平気ですが、お腹は好きます。
天国では、眠らなくても平気ですが、眠ることもできます。
天国の住民たちは、毎日を楽しく過ごす為に、昼間は働いたり運動をしたりと自由な時間を過ごします。
そして、夜になると眠ります。
ですから、ありとあらゆるお店が天国にはあります。
それはまるで人間の世界のようです。
ここに、小さなお店があります。
営んでいるのは1匹のヤギでした。
ヤギの名前はテガーといいます。
テガーのお店には、小さいながらも沢山のペンが置いてありました。
どうやらペンの専門店のようです。
♬テガー
「僕のお店をのぞいてごらんよ。
沢山のペンがあるよー
お店は小さいけれど、世界を旅して集めたペンたちなのさー
君の欲しいペンがきっとみつかるよー
お客はあまりこないけど、今日もテガーのお店が開店するよー‼︎」
テガーはそう歌いながらお店を開けました。
お店は開店しましたが、今日も相変わらずお客さんはいません。
テガーは、お店の片隅にあるお気に入りのアンティークな椅子に座ると、大きなため息をつきました。
「ふう。」
そして壁に目をやりました。
壁には、羽根の模様がついた綺麗なペンが額に入れて大切そうに飾ってありました。
そしてペンを見て、テガーはつぶやきました。
「ずいぶん昔のことのように感じるよ…」
「僕はもう決めたんだ…」
そのときでした。
お店の前に、ピンク色の可愛いヤギが息を切らせて立っていました。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
それは天使の魔法で可愛いヤギの姿に変えられたメーユでした。
「よ、ようやく辿りついたわ。
町の人に聞いて走ってここまできたのよ…」
「ここがペンなら何でも売ってるお店よね。あのね、ペン、ペンをちょうだい。」
♬メーユ
「ようやく辿りついたペンの専門店にー
三つの山を越え、二つの谷を越えー私はやってきたー
ペンがないと先には進めないのー
だから私にペンをちょうだいー
とにかく早くー」
テガーはびっくりしました。
こんなに急いでペンを買いに来たお客が初めてなのと、メーユの姿が自分とそっくりのヤギの姿だったからです。
「君はどこから来たんだい?」
テガーは尋ねました。
「そんなことはどうでもいいの、とにかく私は早くペンが欲しいの」
メーユはテガーの質問には答えずに店内を見回して、近くにあったペンを手に取ると
「これでいいわ。これちょうだい」
メーユはペンを持ったままお店を出ようとしました。
「ちょ、お客さんお金、お金、ペンの代金払ってよ」
テガーは慌てて言いました。
「えっ? お金いるの?」
メーユはびっくりしています。
テガーも驚いてこういいました。
「お客さん、もしかして天国にきてから間もないの?
天国だって物を買うにはお金がいるんだよ。
お金がないならペンは売れないよ。」
「そ、そう…、悪かったわね。また出直すわ。」
メーユはさっきまでの勢いがなくなり、落胆しながら言いました。
あまりにメーユが落ち込んでいるので、テガーは優しく声をかけました。
「このお店にあるペンは僕が世界中を旅して集めたものさ。
もし良かったら見ていかないかい?
それに、そんなに急いでペンがいるってことは、何か書きたいんだろ。タダでは売れないが、試し書きならどれだけしてもいいよ。」
「本当に⁇ ありがとう‼︎」
メーユは素直に喜びました。
そして、テガーの店に来た時のようなテンションに戻りました。
しかし、メーユの心の中は少し複雑でした。
(…わたしずいぶんおかしくなってる…わたし悪魔なのに、なんだか素直ないい子みたい…天国にいるとこうなってしまうの?
天国に住む町の人々はすごく優しかったわ…
ペンが無いからペンがあるところを聞いたら親切に場所を教えてくれて地図もくれた…
そして、今、この人もすごく親切にしてくれている…
ちょっと待って…もし私が悪魔だと知ったらどうなるんだろう…
やはり悪魔には優しくしないわよね…
とりあえず、今は正体を隠しておかないと…)
何やら考え込んでいるメーユにテガーは言いました。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はテガーさ。君の名前は?」
「わ、わたしはメーユ」
メーユは答えました。
「さあ、メーユ、これが僕の自慢のペン達だよ。沢山あるだろ」
テガーは自慢げにお店の中をメーユに見せました。
「わぁ、すごい」
メーユは驚きました。
さっきまでは慌てていて、お店の中をしっかり見ていませんでしたが、こうして落ち着いてみると、すごく沢山のペンがありびっくりしました。
綺麗なペンもあれば、ボロボロのペンもあり、長いペンや短いペン、重いペンや軽いペンそれはそれは沢山のペンでした。
「どれでも好きなのを試し書きするといいよ」
テガーはまた自慢げに言いました。
「ありがとう」
メーユは言いました。
メーユは素直な自分に戸惑いながらもペンを見回していると、気になるペンを見つけました。
それは壁に飾ってある額に入ったペンでした。
そのペンはとても綺麗で羽根の模様がついていました。
「テ、テガーさん」
メーユは声をかけました。
「テガーでいいよ」
被せ気味で、テガーが言いました。
「じゃあ、テガー、あの壁に掛けてある額に入ったペンは何?」
テガーはメーユの質問に少し困った表情をしましたが、すぐに答えました。
「ああ…あのペンは、昔ある人から貰ったんだけど、何故か全く書くことが出来ないのさ。インクの残量も
まだあるし、ペン先だって潰れていないのにね。
いろいろと試してみたけど、どんな紙に書いても全く書けないんだよ。
だからああして飾ってあるのさ。
書けないペンはペンじゃないからね」
するとメーユは少し考えてこう言いました。
「テガー、よかったらそのペンを試し書きさせて貰えないかしら?」
テガーは驚いた様子でメーユに言いました。
「おいおい、話を聞いてなかったのかい?
あのペンは何に書いてもインクが出ないから書けないよ。
もう何年も試したからわかるのさ。
まぁでも、気に入ったのならメーユにあげるよ。もう僕には必要ないからね。」
そういうとテガーは壁から額を外し、ペンを取り出すとメーユに差し出しました。
メーユはペンを受け取ると、テガーのお店のノートに試し書きをしてみました。
やはりインクは出ずに書くことは出来ませんでした。
「ほらね、本当にそれはメーユにあげるから、ちゃんとしたペンを選びなよ」
テガーはメーユの顔を見ずに言いました。
メーユは何だか考え込むと自分のポケットから便箋を取り出しました。
そう、取り出したのは、あの天使から貰った便箋です。
「テガー、何故だかこの便箋には書ける気がするの…」
テガーはその便箋をみて驚きました。
「そ、それは…」
テガーが驚いたのは、書けなかったペンと、メーユが持っていた便箋のデザインが似ていたからでした。
便箋には羽根の模様がついていました。
早速、便箋に試し書きするメーユ。
「ほら、見て‼︎」
スラスラとインクが出て、まるで便箋の上でペンが踊るようでした。
「ちょっと、貸してみて。」
テガーはメーユからペンを受け取ると、便箋に試し書きをしてみました。
確かにスラスラと書くことができます。
テガーは店のノートに書いてみました。
やはりインクは出ません。
またメーユの便箋に書いてみました。
やはりスラスラと書くことが出来ます。
「こんなことが…」
テガーは驚きを隠せませんでした。
「書ける紙が見つかってよかったね。」
ニッコリとテガーに微笑みかけるメーユ。
すると、ペンをテガーに差し出しました。
「大事なペンだったんでしょ。
もらうわけにはいかないわ。」
少し考えてテガーは答えました。
「一度あげると決めたから、そのペンは君のものだよ。それに僕にはもう必要ない物だから…」
メーユも少し考えました。
そしてこう言いました。
「じゃあ、こうしましょう。
私の便箋を一枚あげるわ。
そして、テガーが必要になったときにはペンを返すわ。
それでどう?」
「でも、メーユも便箋を沢山持ってるわけじゃないんだろ?
しかもその便箋は特別で大事なものじゃないのかい?」
テガーは心配そうに聞きました。
「大丈夫よ、便箋は全部で5枚もあるの。切手と封筒のセットだから、テガーにもセットであげるね。」
封筒と切手もペンと同じデザインで羽根の模様がありました。
「でも、やっぱりこれは大事なものだから貰えないよ」
テガーはメーユに便箋と封筒と切手を返しました。
「もう、カチカチ頭なんだから。
じゃあ、こうするしかないわね。」
メーユは便箋をおもむろに折りだすと、あっという間にお花の形になりました。
もともと綺麗な便箋だったので折り紙にしたら本物のお花のようでした。
「ここに飾っておくね。」
メーユはお花の折り紙にした便箋をテガーのお店の看板にちょこんと取り付けました。
「そして切手と封筒はここに…っと」
さっきまで書けないペンが飾ってあった額に切手と封筒をいれると壁に戻しました。
「意外に、いいじゃない。」
封筒と切手も綺麗なデザインなので額に入れて飾るとまるで絵画のようです。
メーユの行動にテガーはあっけにとられてしまいこう言うしかありませんでした。
「あ、ありがとう、メーユ」
「どういたしまして」
メーユはお姫様がドレスの端をつまんでするような挨拶で答えました。
「ふふふ…」
どちらからともなく、2人は笑い始めました。
♬メーユ
「こんなことってあるのかしらー
(私は悪魔なのに、天国が楽しくなっきたのー)」
♬テガー
「こんなことがあるんだねー
(何年も探してきたものが、目の前にあるー)」
♬メーユ
「もしかしたらこれが運命なのー
(悪魔というのはもちろん内緒だけど…)」
♬テガー
「こんな出会いを待っていたのかもー
(メーユは何だか懐かしい匂いがする…)
♬メーユ
♬テガー
「今は、とにかく思いのままにー
時間に流されて生きてみようー
それもまた運命だからー
細かいことは気にせずにー
ありのままに生きてみようー
やはりそれが運命だからー」
「そういえば、君は慌ててペンを買いにきたけど、大丈夫なのかい?」
テガーが言うとメーユはハッとしましたが、すぐにこう言いました。
「とくに急ぐ用事では無いんだけど…思い立ったらすぐに行動したい性格だから…」
「そっか、慌ててペンを買いにきたのはメーユが初めてだったからびっくりしたよ。」
「ふふふ…」
「ふふふ…」
またどちらからともなく笑いはじめました。
二人は楽しそうでした。
しかし、テガーはメーユが悪魔だとは気づいていません。
メーユもテガーに悪魔だとは言えないし、もう知られたくないと思い始めていました。
第1章 テガー
終わり
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